マルティン・ルター(Martin Luther)
1483年11月10日〜1546年2月18日(62歳)
神聖ローマ帝国ザクセン選帝侯領アイスレーベン出身。
国籍=ドイツ。
神学者、司祭、牧師。
ローマ・カトリック教会から分離し、プロテスタントが誕生した宗教改革の中心人物である。
名言=「たとえ明日世界が滅亡しようとも、今日私はリンゴの木を植える。」
『マルティン・ルター』の名言・格言
心の迷いを消してくれる。
数々の名言を連発しているマルティン・ルターさん。
その中でも『マルティン・ルター』の名言をご紹介していきます。
いくら知恵があっても、これを使う勇気がなければ何の役にも立たないように、いくら信仰が厚くても、希望がなければ何の価値もない。
希望はいつまでも人とともにあって、悪と不幸を克服するからである。
死は人生の終末ではない。
生涯の完成である。
希望は強い勇気であり、新たな意志である。
全てのことは願うことから始まる。
私がここに座って、うまいヴィッテンベルクのビールを飲む、するとひとりでに神の国がやってくる。
恋なき人生は死するに等しい。
私は話すとき、自分を最も低く引き降ろす。
聴衆のうちインテリを見ないで、子供を見て話をする。
この世を動かす力は希望である。
やがて成長して新しい種子が得られるという希望がなければ、農夫は畠に種をまかない。
子供が生まれるという希望がなければ、若者は結婚できない。
利益が得られるという希望がなければ、商人は商売にとりかからない。
たとえ明日世界が滅亡しようとも、今日私はリンゴの木を植える。
神がその人を通じてある偉大な行為を望むかのように、誰でもが行動するべきである。
「今でなくても」が、「ついにとうとう」になることは実にはやい。
心から信ずることによって、人間は正しく、また義とせられる。
喜びについて信仰が不足していることを私たちは知ることができる。
強く信仰するなら、また必ずや強く喜ぶに違いないのだから。
酒と女と歌を愛さぬ者は、生涯馬鹿で終わる。
家庭は、民族の幸運と不運の源泉である。
良い結婚よりも、美しく、友情があり、魅力的な関係や団体、集まりはない。
酒は強く、王はもっと強く、女はそれよりさらに強く、けれども、真理は最も強い。
平安はいかなる権利にもまして貴重なものである。
平安が権利のためにではなく、権利が平安のために作られているのだ。
したがって、どちらかが道を譲らねばならないとしたら、権利が平安に譲らねばならないのであって、平安が権利に、ではない。
ひとつの嘘を本当らしくするためには、いつも七つだけ嘘を必要とする。
嘘は雪玉のようなもので、長い間転がせば転がすほど大きくなる。
慈悲を与える時の、婦人の心情より柔和なものは世界上にない。
私は聖書の中にただ、十字架に付けられたキリストのみを理解する。
私の良心は神の言葉の中に捉えられている。
薬は病気の人間を、数学は悲しむ人間を、神学は罪深い人間を生む。
神はわれわれの砦である。
神の言葉がもはや予言しないようになるところでは、人々は野蛮になるだろう。
神の道は、後ろからだけ読むことができるヘブライ語の本のようなものだ。
※ ヘブライ語は右から左へ書かれる。ドイツ人にとっては「後ろから」読むことになる。
今日はすべきことがあまりにも多いから、一時間ほど余分に祈りの時間を取らなければならない。
私がここで放屁をすると、ローマではそれが芳香を放つ。
我々は生の真っ只中にあって、死に取り囲まれている。
自説を取り消すことはできない。
我はここに立つ。
他になしあたわず。
神よ我を救いたまえ。
アーメン。